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九代目 昭和4年(1929)〜平成11年(1999) 俳名 登舞

三代目坂東秀調の三男。昭和7年坂東光伸を名乗り新宿第一劇場、「時雨の炬燵」勘太郎役で初舞台。昭和10年9月父が没し、六代目尾上菊五郎の部屋子となる。六代目没後は、菊五郎劇団の一員として二代目尾上松緑のもとで修業を続ける。昭和30年に八代目三津五郎の長女喜子と結婚し、同年4月歌舞伎座「吉野山」の早見藤太で四代目坂東八十助を襲名。このころ、渋谷東横劇場で「蘭平物狂」の蘭平、「四の切」の忠信など数々の大役で活躍した。その後、昭和37年9月歌舞伎座で簑助を襲名する。

昭和62年9月歌舞伎座「喜撰」の喜撰法師、「傾城反魂香」の又平、「釣女」の太郎冠者で九代目三津五郎を襲名。

芝居では「石切梶原」の六郎太夫、「源氏店」の蝙蝠安など脇役として舞台を引き締め、踊りでは「舌出三番叟」「喜撰」「越後獅子」などが定評を得ていた。

また六代目菊五郎、二代目松緑そして七代目三津五郎から学んだことを伝承するため生涯をかけて後進の指導にも当った。
坂東流の家元としても、自主公演「登舞の会」を主催し、流祖三代目の初演作品の復活上演などに力を注いだ。
日本芸術員賞、紫綬褒章などを受ける。
平成11年没。 |
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