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中村 仲蔵 (五代目)

なかむら なかぞう
本名中村正太郎
屋号舞鶴屋
定紋鶴菱、五枚銀杏
生没年月日 昭和10(1935)年11月30日 ~ 平成04(1992)年12月08日
出身東京都

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プロフィール

三代目中村富十郎を曽祖父に、市川團右衛門を祖父にもつ役者の血筋である。團右衛門は身体が大きいので有名だったが、この人も長身、偉丈夫であった。

ちょっと苦みばしったいい男で、声も通り、時代物でも世話物でもどちらかというと町人より、武士の敵役がどんぴしゃの感があった。大役で代表的なものでは小莟会で演じた『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の仁木弾正。柄がいいので妖気は少々不足ながら立派な舞台だった。『曾我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)』で百合の方に加担する猿島弥九郎の端敵ぶりなど堂に入っていた。中村勘五郎時代が長かったが、平成元年に仲蔵を襲名。その折の『寺子屋』の春藤玄蕃は、今までの控え目な感じを脱して、いかにも虎の偉をかる上使ぶりで好演だった。その後間もなく体調を崩し、50代で亡くなった。味のある脇役になる兆しをみせた矢先だっただけに惜しい死であった。

【小宮暁子】

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経歴

芸歴:

市川三升(十代目團十郎)の部屋子になり、昭和26年10月歌舞伎座『源氏物語』の殿上人で市川太郎を名乗り初舞台。昭和39年から十七代目中村勘三郎の門に移り本名中村正太郎(まさたろう)で舞台を務め、昭和45年5月歌舞伎座『沼津』の孫八で十三代目中村勘五郎を襲名。昭和47年5月伝統歌舞伎保存会会員の第二次認定を受ける。平成元年4月歌舞伎座『寺子屋』の春藤玄蕃で五代目中村仲蔵を襲名。

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舞台写真 (写真をクリックすると拡大画像をご覧いただけます)

  • 『伽羅先代萩』
    五代目中村仲蔵【仁木弾正】

    昭和46年8月 国立劇場(小莟会)
  • 『与話情浮名横櫛』見染
    (中)五代目中村仲蔵【鳶頭金五郎】

    昭和63年12月 歌舞伎座
  • 『鳴神』
    (左)五代目中村仲蔵【鳴神上人】、(右)現・市川鯉紅【雲の絶間姫】

    昭和38年8月 砂防会館(荒磯会)

  • (前列左)三代目尾上多賀之丞【女按摩お兼】、(前列右)二代目尾上松緑【按摩熊鷹道玄】、(後列左)澤村六郎【手代清吉】、(後列左から二人目)五代目中村仲蔵【手代佐七】、(後列右から二人目)現・市村鶴蔵【手代太助】、(後列右)三代目坂東薪蔵【番頭佐五兵衛】

    昭和36年6月 歌舞伎座
  • (前列左)三代目尾上多賀之丞【女按摩お兼】、(前列右)二代目尾上松緑【按摩熊鷹道玄】、(後列左)澤村六郎【手代清吉】、(後列左から二人目)五代目中村仲蔵【手代佐七】、(後列右から二人目)現・市村鶴蔵【手代太助】、(後列右)三代目坂東薪蔵【番頭佐五兵衛】

    昭和36年6月 歌舞伎座
  • (手前)二代目尾上松緑【按摩熊鷹道玄】、(後列左)澤村六郎【手代清吉】、(後列左から二人目)五代目中村仲蔵【手代佐七】、(後列右から二人目)現・市村鶴蔵【手代太助】、(後列右)三代目坂東薪蔵【番頭佐五兵衛】

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