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坂東 秀調 (四代目)

ばんどう しゅうちょう
本名水田晴雄
俳名・舞踊名俳名は秀好、舞踊名は坂東のしほ
屋号大和屋
定紋三つ大・花かつみ
生没年月日 明治34(1901)年03月30日 ~ 昭和60(1985)年12月10日
出身静岡県

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プロフィール

おとなしやかな人だった。一流の品があり人柄のいい老女役や、『心謎解色絲(こころのなぞとけたいろいと)』のおりつのような大店の後家などが適役だった。立役なら『お染の七役』の庵崎久作である。『沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)』の大蔵局、『桜姫東文章』なら局五百崎という役どころ。

名人と言われた二代目秀調の女形芸を伝え、日本大学の演劇学科で長く講師をつとめていた。その関係で同学同学科出身の七代目嵐徳三郎の勉強会「日桜会」で玉手御前を指導し、自ら合邦に付き合った。合邦は本役ではないが、この人の芸の継承にかける情熱が徳三郎の好演を生んだのである。

【秋山勝彦】

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経歴

芸歴:

明治38年三代目坂東秀調の養子となる。十代目市川高麗蔵、九代目坂東三津五郎は養家の弟に当たる。明治39年11月坂東かつみを名のり新富座『島の為朝』の娘島君で初舞台。大正11年6月新富座『女熊坂』の牛若丸で二代目坂東勝太郎を襲名、名題昇進。昭和15年4月東劇『小鍛冶』の橘道成で四代目坂東秀調を襲名。昭和30年より日本大学芸術学部演劇学科講師。昭和40年4月伝統歌舞伎保存会会員の第一次認定を受ける。昭和53年11月国立劇場『元禄忠臣蔵』田村右京太夫に出演して以後は、実質的な活動から身を引いた。

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舞台写真 (写真をクリックすると拡大画像をご覧いただけます)

  • 『人情噺文七元結』
    (左)初代市川猿翁【左官長兵衛】、(左から二人目)七代目市川門之助【女房お兼】、(右から二人目)現・中村又五郎【手代文七】、(右)四代目坂東秀調【和泉屋清兵衛】

    昭和33年6月 新宿松竹座
  • 『加賀見山再岩藤』
    (左)四代目坂東秀調【局浦風】、(右)現・市川猿之助【御台梅の方】

    昭和49年3月 明治座
  • 『芦屋道満大内鑑』葛の葉
    四代目坂東秀調【女房葛の葉】

  • (手前)五代目市川九蔵【南郷力丸】、(奥)四代目坂東秀調【日本駄右衛門】

    昭和32年7月 常盤座花形歌舞伎

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