| 京蔵の気まぐれ日記 2010年上半期 印象に残ったこと |
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1月19日 16:30 歌舞伎座夜の部「春の寿」
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病気療養中の師雀右衛門が1日だけ出演。師の健康を願うや切。
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1月25日 21:30 銀座竹富島
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昨年10月の台湾公演でお世話になった陳さんが来日。その時の出演者・スタッフ有志が集まり、沖縄料理店で歓迎会。
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1月28日 13:00 埼玉県立近代美術館「小村雪岱展」
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装幀、挿絵、舞台美術と幅広く活躍した雪岱だが、私の興味は、やはり芝居の道具帳にある。「かさね」、「小袖物狂い」、「鳥羽絵」、「鞍馬獅子」、そして「藤娘」等々。六代目あっての雪岱、雪岱あっての六代目という感を深くした。
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同日 19:00 有楽町有楽座 「Dr パルナサスの鏡」
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あの「未来世紀ブラジル」のテリー・ギリアムの監督作品。人工美に彩られた画像は監督の独壇場だが、主演のヒース・レジャーは撮影半ばで急逝した(享年28歳)。しかし、現実場面は撮り終えていたので、幻想場面は、ヒースの親友ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルの3人が代演して撮影続行。ラストは物足りないが、早世したヒースの永遠の若さと孤影がこの作品に奥行きと深みを与えたことは間違いない。
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3月21日 17:00 青山銕仙会「川口秀子追善 舞の会」
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昨年亡くなられた川口秀子師の追善と三代目川口流家元を継承する孫娘の千枝さんのお披露目の会。また今年は、武智鐡二先生の二十三回忌でもある。私がいま、曲りなりにも歌舞伎の俳優を続けていられるのも、武智・川口両師のご教導の御蔭である。私は舞台に立つ時、いつも両師の眼差しを感じて恐れ、両師の叱咤する声に耳を澄ます。
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3月29日 18:00 代々幡斎場 中村千弥さんお通夜
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またひとり、歌舞伎の貴重な方が亡くなられた。千弥さんとご一緒したのは、一昨年のお正月、浅草歌舞伎が最後だった。神谷バーでの打ち上げの折、私が勤めていた「源氏店」のおよしを大層褒めてくださった。「あなた、益々頑張りなさいね」とおっしゃって下さった声がいまだに耳に残る。合掌。
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4月9日 午前中 目黒呑川緑道
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うちから歩いて数分のここの櫻並木を歩くのが、毎春の楽しみ。今年もよく咲いた。私は紅色の枝垂れ櫻がことのほか好きだ。
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4月15日 郡司正勝先生忌日
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あっという間に十三回忌を迎えた。武智先生と同じく、限りなくご恩を蒙った先師である。生まれてこのかた飛行機にも乗ったことのない私が、初めて海外に出向いたのが、1994年10月、先生の「サロメ」を引っ提げての米国サンフランシスコ公演だった。初日のカーテンコールで、先生が客席に向って「歌舞伎にも門閥がなくてもこんなに頑張っている人がいますから、応援してください」と云って下さった。私は未だに先生の期待に応えられず、堂々巡りの年月を送っていることが歯痒く、時間は無駄にどんどん過ぎて往き、恥じ入るばかりである。嗚呼!
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4月30日 正午・16:00 歌舞伎座閉場式
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これで本当に現・歌舞伎座ともお別れだが、感傷的になってばかりもいられない。3年後の新生歌舞伎座開場に向けて、我々歌舞伎座改築プロジェクト委員は、責任をもって議論を重ね、観客・俳優・スタッフ全ての為のよりよい歌舞伎座を目差さねばならない!そしてなにより、歌舞伎の神様が居心地のいい歌舞伎座を!
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5月23日 22:00 名古屋鈴蘭南座
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御園座花形歌舞伎公演の打ち上げを兼ねた大タンカラスーパーショー!澤潟屋顔負けの亀治郎さんの企画力と演出力に脱帽!負けず嫌いの私も、舞踊劇「シェルブールの雨傘」!?と翫雀丈との「深川マンボ」で必死に応戦!しかし、なんといっても竹三郎丈の肌も露わな「女遊侠傳」が天然記念物的!文化財的!貴重品で絶品!皆様にお見せしたかったなあ〜(溜息)
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6月3日 18:00 渋谷東急文化村シアターコクーン「佐倉義民傳」初日
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私はコクーン歌舞伎は初参加である。コクーンは楽屋は狭いが、長年様々な演劇人がここで芝居をしてきた息遣いと風格というものが感じられ、たしかにここにはここの演劇の神様が居るのを実感する。アンサンブルの男優の中に、私の住居の2軒隣りに住み、地元のショットバーでの飲み仲間である神田敦士が居て、稽古場で出っくわしてビックリ!敦士は、小劇場系の俳優の卵だから、お互い舞台の接点がなかったのである。
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