 |
|
 |
|
| 【更新情報】 |
| 2/1 |
|
“今月の京蔵”を更新
|
| 1/1 |
|
“今月の京蔵”を更新
|
| 12/1 |
|
“今月の京蔵”を更新
|
| 11/1 |
|
“今月の京蔵”を更新
|
| 10/27 |
|
“京蔵の気まぐれ旅日記−米国編−その6、その7”を掲載
|
| 10/25 |
|
“京蔵の気まぐれ旅日記−米国編−その5”を掲載
|
| 10/23 |
|
“京蔵の気まぐれ旅日記−米国編−その4”を掲載
|
| 10/21 |
|
“京蔵の気まぐれ旅日記−米国編−その3”を掲載
|
| 10/20 |
|
“京蔵の気まぐれ旅日記−米国編−その2”を掲載
|
| 10/17 |
|
“京蔵の気まぐれ旅日記−米国編−その1”を掲載
|
| 10/12 |
|
“京蔵の気まぐれ旅日記−台湾編−その4”を掲載
|
| 10/12 |
|
“京蔵の気まぐれ旅日記−台湾編−その3”を掲載
|
| 10/11 |
|
“京蔵の気まぐれ旅日記−台湾編−その2”を掲載
|
| 10/10 |
|
“京蔵の気まぐれ旅日記−台湾編−その1”を掲載
|
| 10/1 |
|
“今月の京蔵”を更新
|
| 10/1 |
|
お知らせページに、「台日特別パートナーシップ促進年」記念 歌舞伎レクチャーデモンストレーション公演(台湾公演)の情報を掲載
|
| 9/23 |
|
“京蔵の仕事“に中村京蔵舞踊の夕べ「鐘の岬」「古道成寺」を掲載
|
| 9/21 |
|
お知らせページに、米国西部5都市「歌舞伎レクチャー&デモンストレーション」の情報を掲載
|
| 9/14 |
|
“速報!”を掲載
|
| 9/14 |
|
“京蔵の仕事”ページを更新
|
| 9/1 |
|
“今月の京蔵”を更新
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
 |
|
 |
|
|
|
|
|
|
| 京蔵の気まぐれ旅日記−米国編− |
|
その7
|
10月24日 19:00 デンバー公演開幕。めでたく千穐楽である。デンバー大学内にあるジュン・スワナー・ゲーツ・コンサートホール(個人寄付者の名が冠されている)は、900人収容の四階席まであるオペラハウスのような立派なホールで今公演最大規模である。設備も調っていて、マークさんと云うチーフ(とても親身)はじめ有能なスタッフも揃っている。
当日券を求めるキャンセル待ちの方が多数有り、四階席まで満杯。
客席は、「楽しもう!」という空気が手に取るようにわかり、レクチャーも、その熱気にこちらも助けられて楽に進行出来る。
照明担当のオペレーターが音を上げて投げ出したのを、チーフのマークが代わって操作した結果、鷺娘の照明完璧! はじめて初日が出た!?しかし、素の舞台稽古では感じなかったが、いざ本番になると、息が苦しい!心拍数も上がっている!舞台がデコボコで堅いせいもあるが、鷺娘も石橋もいつもの倍疲れた!さすがデンバー!侮れない! 酸素が薄いのを身を以って実感した次第。 まぁ、ここで倒れても役者京蔵は本懐であろう!と、必死に毛を振って、石橋も無事に幕。スタンディングのカーテンコールを受け、私も又之助さんも、大任を果たせて感無量。
終演後の楽屋での乾杯で、久保総領事が「レクチャーデモンストレーションを越えたものを提供してくれて有り難い」とおっしゃって下さったことは、我々一座一行の苦労が報われた思いである。
チーフのマークに熱く御礼を述べて劇場をあとにしたのが22:30近く。明日の日本への移動が、午前4:30出発!というとんでもないスケジュールなのに、楽日の開放感、一杯飲まずにはいられない!とばかり、私と中野さんと井口さんの三人で、例の向かいのホテルのパブに行くと、なんとピアノを囲んで地元のご常連が、「マック・ザ・ナイフ」や「雨に唄えば」や「ハロードーリー」などなど往年の映画の名曲を大合唱しているではないか!おまけに、ハロウィンが近いから仮装したご夫人達も居てビックリ!とくに、「ハロードーリー」を唄った銀髪の高齢のご夫人が、たいした声量で、「真の花」の貫禄十分。私は12年前、サンフランシスコで出逢った真っ赤なルージュの老女優を思い出していた。私達もつられてノリノリで拍手していると、突然、「あんた達!なぜ唄わないのですか!」とジャケットに眼鏡の三十代とおぼしき白人男性が、我々のテーブルに乱入して来たのでまたまたビックリ!
話しを聞くと、彼は学生の時分に日本に留学して居たとか。日本各地や方言をよく知っていること!いわゆる変な外人さん(ごめんなさい)的ノリで、その話しっ振り、間合いの面白さったらない!
私は彼に、きのうもふたりの白人男性に声を掛けられたし、デンバーは白人社会で、なんでこんな地元密着型のパブ(私は以前、サンフランシスコで苦い経験がある)でも、我々有色人種を受け入れるのか聞いてみた。彼は、デンバーのヒストリーを詳しく述べてくれて、ここコロラド州デンバーの人々は、有色人種にはなんの偏見もなく、子供のような純粋な気持ちで接していると述べてくれた。デンバーでの感慨深い千穐楽の深夜に、思い掛けぬ一幕が付いて、我が意を得たりと膝をポンと打って、柝がチョンと入り、本旅日記もまずはこれ切り。
この度の公演開催実現にご尽力下さった、米国西部各地元の関係者の皆様に心より熱く御礼申し上げます。SEE YOU NEXT TIME ! |
|
その6
|
10月23日
正午 今日も夕方までOFFだから、疲れがピークなせいか11:00まで爆睡。ランチに入った16ストリートのお店のクラムチャウダーが抜群の美味しさ!浅利のむき身が肉厚でプリプリで濃厚な味。街中の空気はひんやりと冷たいが、酸素が薄い実感はまだない。有色人種はほとんど見かけず、黒人も少ない完全な白人社会である?と感じた。
17:00 久保総領事公邸にて歓迎レセプション。デンバーでの歌舞伎公演ははじめてとあって、在留邦人が922人と、今公演地の中で最も少ないのにも拘わらず、領事館、コロラド日米協会、日本人コミュニティー、地元日本企業などの力の入れようは今公演一番で、会場のデンバー大学内の劇場もキャパ900人と今公演最大だし、すでに完売!とのこと。有り難いやら嬉しいやら! なんとしてでもデンバーでの千穐楽を成功させねば…!何事も終わりよければ全てよしの例えである。
20:00 公邸を辞して、BROWN PALACEホテルのバーで、一座一行のささやかな慰労会。三週間あまりの海外公演で、寝食を共にするのは本当に大変なことだが、今回大人数にもよらず、とてもチームワークのいい一座を組めて一丸となれたことを心から感謝申し上げます。乾杯の後、いきなり「キョウゾウさん!」と呼び掛けて来た白人男性が居てビックリ!また、宴たけなわで、隣り合わせの席の日本人や日本文化が大好きという白人の企業MANとも親しくコミュニケーションが取れたり、さらにバーのマネージャーが日本大好き人間だったりして、デンバーはバリバリの白人社会だとの思い込みが、何だか氷解して来た……。
10月22日
15:00 デンバー着。 本ツアー最終公演地であるデンバーは標高1600メートルほどの高地。酸素が薄いから、アスリート達は皆ここで訓練するらしい…。慣れないと頭痛がするとか、激しい運動は心臓がドキドキするとか、空港に着いた途端、ぶっ倒れる人がいるとか、舞台袖に酸素ボンベを用意したほうがいいとか、散々おどかされ来たが、今のところ何にも感じないのは、鈍感なせいか?、はたまた、いつも舞台では酸欠状態だから、少々のことには対処出来るからか?
しかし、かなり乾燥していて寒い。半袖で過ごした台北が遠い昔のやうである。宿泊するホテルの真向かいにBROWN PALACEホテルという1892年に創業のクラシカルで重厚な素晴らしいホテルがある。そこの一階のパブが古きよきアメリカを絵に描いたような雰囲気で、カウボーイハットを被った年配の御仁も居る。
今日は完全にOFF日だから、このパブで白ワインをしこたま飲んで早目に寝てしまった。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|