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高麗屋三代襲名!新幸四郎、新染五郎、親子での取材会


 来年1月・2月歌舞伎座での高麗屋三代襲名披露を控える市川染五郎松本金太郎親子が、襲名への意気込みを語ってくれました。

【市川染五郎】
 今回の襲名では、金太郎が『勧進帳』の義経をやらせていただきます。襲名で新染五郎を披露させていただくということもありますが、それでもとても大きな、大きな役でございます。今、彼が持っているものの何倍もの努力をしないとこのお役を勤めることはできません。教える側の責任としては、どれだけ彼が持っていないものをたくさん引き出すことができるか、また本人がそれを身に着けてお見せすることができるか、ということをしなければいけないと思っております。

 37年前の思い出は、祖父(初代松本白鸚)が本当にギリギリの襲名だったということです。(昭和56年)10月、11月に襲名披露興行があり、翌年の1月に亡くなりましたので、本当にギリギリの襲名だったんだなと後々思いました。ただ、苦しい姿は楽屋でも見せていませんでした。それから、祖父が杖を突いて楽屋入りをしたことに父がショックを受けていたことを覚えています。今思うと、本当に命がけの襲名披露興行だったんだなと改めて思います。自分も気を引き締めて勤めていかなければいけないと思っています。

 襲名のご挨拶回りをさせていただきましたが、こういう時でないと皆様のお家に伺うという機会がございません。そういうチャンスがあったということが、なんだかとても素敵なことだなと思いました。突然、お邪魔させていただいてご挨拶をさせていただくわけですけれども、皆様から、とてもためになる良いお話をいただくことができました。思いがけないお話や、ありがたいお言葉をいただくという、本当に素敵な時間を過ごさせていただきました。

 父(松本幸四郎)を超えていくことが唯一の親孝行だと思っていた時もありましたが、今は思っておりません。父は越えられない存在だと思っています。それは常に背中を見て、そこを目指して追いかけていくわけですけれども、どこかにその背中が大きくなってほしくない、近づいて欲しくない、ずっと追いかけていたいと思うのはきっと子供だからだと思います。親でなければ追いかけていきますが、やはり父なので、父の疲れた姿は見たくないというのも子供だから思うことなのでしょう。

 歌舞伎座130年という時に三代で襲名をさせていただく、しかも祖父の37回忌でもある年です。これは狙って出来ることではなく、やはり何か意味のあることではないかなと思います。それは、一生懸命考えて、何か結論付けるということではないと思います。襲名が来年である意味というのは、おそらくあると思うので、一日一日を大事に勤めていく事なのかなと感じています。

 古典歌舞伎、新作歌舞伎といろいろとやらせていただきますが、最近特に思うことは、しっかりと歌舞伎をやるということです。例えば、見得というのは格好良く見えなければいけない、一つのアクセントとして決まりにならなければいけないわけです。「昔からある歌舞伎の所作です」とだけ言ってもダメなので、格好良く決まったと思われなければ見得の意味がないので、新しいものを創る時は特に気を付けています。しっかりと歌舞伎をやっていくということは、日本中から、また世界中から日本に歌舞伎を見に来ていただきたいということを目標にしているからです。歌舞伎専用の劇場は日本にしかありませんので、日本に世界中から見に来ていただきたい。また世界では、世界中の人々が歌舞伎をやっていただきたい。常時、歌舞伎という演出のショー、あるいは演劇が上演される、そういう時代になって欲しいと思います。そういう歌舞伎になると良いなと、これはまだ夢というか、漠然としたものですがそう思っています。


【松本金太郎】
 初役の義経は父に習います。義経は、自分が悪いことをしたわけではないのに頼朝に追われているので、悲しいというか、セリフは少ないですがそういう気持ちをお伝えできればと思います。染五郎襲名の義経を見ていただいて、新染五郎として認めていただけるような義経をお見せしたいと思います。

 今一番演じてみたい役は『勧進帳』の弁慶です。弁慶は、見た目も強そうで男らしい感じですけれども、心は義経を守ろうとする優しい心の持ち主だという人としてのそういう面に惹かれますし、魅力を感じました。

 初舞台の時の記憶はあまりありません。唯一覚えているのは『連獅子』で、後シテは本来花道からの出ですが、小さいということもありセリで上がってくるように変えていただきました。そのセリが上がっていく時の、だんだん照明が当たって、3階席、2階席、1階席のお客様がだんだんと見えてくる景色がとても奇麗だったなという記憶があります。

 襲名は、ただ名前を継ぐということではなくて、代々守り続けてきた芸であるとか、精神を受け継いでいくものだと思います。高麗屋の“芸”を受け継ぐということも大切ですが、それだけではダメなので、どんな役でもできる役者にはなりたいと思ってはいます。この襲名が、そのチャンスになればと思っています。